高校がなくなる

ぼくの卒業した高校がなくなりそうになっています。
城南高校の統廃合に反対する同窓生有志の会のホームページ
少子化で生徒数が少ないからか、進学率が悪いのか、理由がはっきりしてもいなくて、単になくして、ほかと一緒にして今の敷地は別のことに使うと、京都府は言っているようです。教育とお金勘定を一緒くたにしているだけでなく、あるべき教育像を明確にせずに、ただ統廃合といわれても、卒業生としては納得しがたいものがあります。

この記事へのコメント

2007年03月12日 15:08
はじめまして。権と申します。
そうですか・・、母校が無くなるのは寂しいですよね。伝統ある高校を廃校にし、新設高校が残される。ときの流れとしても、我が国の教育行政の貧弱さが思いやられます。このような状況で「美しい国」が創れるのでしょうか?
syuntaro
2007年03月12日 23:53
権さん、こんにちは。中学のときは、登校拒否気味だったぼくが、高校は友達もたくさんいて、楽しく過ごせた場所でした。悪いこともいっぱいしました。天文部の徹夜観測会にいって、お酒飲んだり、休みの日にマージャンを持ち込んで生徒会質でマージャンしたり。でも、こういう悪さをすることも、後の人生に役に立っている気がします。新しい高校のほうを残すと言うのは、地理的な問題のほかに、管理が行き届きやすいからではないかと思うのですが、それは学校管理者の問題であって、教育を受ける側の問題ではないと思うのです。学校は生徒のためにあるのですから、勉強もし、恋もし、ちょびっと悪さもして、人生の縮図をそこで経験して育っていくのだと思います。「美しい国」は、そういった自分の人生を愛せる人を育てることであって、政治や経済が深く介入するべきものではないと思っています。

この記事へのトラックバック