すべては自分の選択

ニュースで、「父親に怒られたのでイライラして人を殺そうと思った」という話がありました。怒った当の父親を憎まずに関係のない人を殺すという脈絡が理解できませんが、父親には反抗できなかったのでしょう。たとえどんなに混乱した状態でも、考えて出した答えは本人にとってはその時点では正しいことと思えたから、そうしたのでしょう。周りから見て正しいと思えなくても、それは関係がありません。

逆に、しんどいこと、つらいことを引き受けてしまうような判断をしたときも、もしくは、もっと受身的に何かをさせられるようなときでさえ、自分では正しいと思ったからそうするのであって、誰かに言われたからではありません。自分は優柔不断だから、という場合でも、人になびく選択をしたのは自分自身ですから、それは自分で決めたことなのです。つまり、誰かがこうしろと言ったから、というのは違うということです。

誰も決めてくれなかった、してくれなかった、ということでなにも動かなかった場合でも、何も自分では決めない、しないという選択をしているのは自分です。それが正しいと自分は決めたのですから、誰かのせいにはできないということです。

自分自身がどういう感じ方をしているか、このようになっていないかを自己チェックすると、いろいろとたくさん出てきて、意外と難しいものだと思いました。

2008/11/12(水)の日記より。



紅葉
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