人間関係

会社、学校、家庭、ご近所など、誰でも多くの人間関係を抱えています。山に籠って一人で修行している人でも、そういう世俗を自分から取り払おうとしている限り、人間関係の中にいるといえます。

そして、面白いことに、ある人間関係は楽しめるのに、別の人間関係は楽しめないとか、ある人は、あらゆる人間関係を苦痛に感じ、またある人は、人間関係をうれしいこと、面白いことととらえているようです。

人間関係は上記のように避けられないものですから、楽しめたほうが楽に生きていけますね。そうであれば、楽しめるようになろうとしたほうが、得策です。どうすれば楽しめるのでしょう。

苦手な相手であっても、何かしらの会話をして、相手をにやっとでも笑わせたり、ありがとうとか、あーごめんね、とか言われると何かほっとします。相手の喜怒哀楽のうち、喜と楽を取り出せば、自分も喜と楽が得られるという感じでしょうか。そうであれば、確率は50%です。自然にやっていれば、2回に1回は、相手を喜ばせることができるということになります。

でも、それができない人がいる。苦手な相手がいる。それは50%の確率をすてて、相手を嫌な思いにさせているからに他ならないと思います。何故相手は嫌な気持ちになるのかを知らないから、そうしてしまうのでしょうね。人が何を嫌がっているか考えてあげることは、そのまま、それは、思いやりということだと思います。ですから、極論を言えば、自分に思いやりがないから、人間関係がうまくいかない、ということになります。つまり、人間関係がうまくいかない理由は、相手ではなく、本人にあるということです。

また、相手と人間関係をよくしたいと考えているのはほかの誰でもない自分自身なのであって、良くするために相手を変えることはできませんから、自分が何かを変えないといけないとも考えられます。

思いやりとは何でしょうか、自分を変えるとはどういうことでしょうか、そこは人それぞれのやり方があると思います。こういう風に発言することが思いやりだ、などというマニュアルはありませんし、自分も相手も人間で生きていて、常に変わっていくものですから、自分で考え続けていくことが答えだと思いますし、そうやって考え続けることを楽しむということがポイントだと思います。

2009/1/22の日記より。



京都、清水寺
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