自分を映す鏡

あの男はだらだらしていて、ちょっと注意すると逃げてタバコを吸いに行きやがって、とか、あの女は何かあれば泣けば済むと思ってる、あー気に入らない、とそういうことをよく思っていたことが以前はありました。そういう風に人を見ている自分は、おそらく「自分は正しい」と思っていたと思います。どう考えても自分の考えは間違っていないし、おかしくもない。それに比べて、彼ら、彼女らのやっていることは、非常識だし、大人の言動でもないし、社会人としても不十分だ、と。

この「自分は正しい」と思っている私に、真っ向から反論する人が、何人かいました。その人たちも、「自分が正しい」と思っている人でした。こういう人間同士が仕事の議論とかをし始めると、一日中主張し合って、また翌日も同じことの繰り返しで、結論の出ない議論をすることがまるで仕事のような感じになっていました。これでは埒が明かないということを知りました。

また、「自分は正しい」と思っている私に、そっと教えてくれる人がいました。「確かに正しいと思う。でも、それをそんな態度と言い方で突きつけられたら、感情的には受け入れられない。だから、正しいやり方ではない。」。これを理解するのには時間がかかりました。内容が正しければ、受け止め方は人の勝手なのだから、受け入れるとか受け入れないとかは、関係ないはずだ。客観的に正しいのだから、主観は捨ててもらいたい。そう思いました。

でも、やはりこの場合も、いつまでも険悪な関係であっても仕方がないので、「そんな態度と言い方」を改めるように気をつけるようにしてみました。そうすると、人は集まってきて、私を助けてくれたり、頼りにしてくれたり、相談してくれたり、相談に乗ってくれたりするようになりました。

結論はこうです。「すべての人は自分を映す鏡だ。」

2009/1/23 の日記より。


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