兄の死<自死遺族>その10

兄が精神病院から退院したところからの話です。

まず、退院に先立って、退院後の生活をどうするか、生活指導の方と兄とで相談をしました。

このときに、両親は、兄のDVを怖がってすでに老人ホームへ入居していましたので、

兄は一人で暮らさねばなりませんでした。

統合失調症は、退院できるレベルになったとは言え、寛解したわけでもありませんでしたから、

仕事はありません。

以前に、兄に仕事を紹介してくれたクリニックの先生は、この頃にはもう亡くなっていましたので、そういうつても、ありません。

仕方がないので、生活保護を受けると言うことになりました。生命保険の契約を解除し、

その他、預金等を洗い出しましたが、2、3ヶ月以降は、職なしでずっと暮らしていけるような状況ではありませんでした。でも、まあ、それでいいと言うことで、退院も決まりました。



一人暮らしが始まった兄の元へは、生活指導の方が、週に1、2度、訪問してくださり、サポートしていただいていました。

ところがある日、その指導の方から、「チャイムを押しても出ておいでになりません。家の中での動きも感じられません。」と連絡があり、カギを持っていた私が見に行くことになりました。

確かに、チャイムを押しても返事はありませんし、家の中も静かでした。

カギを開けて、ドアを開き、「おーい」と声をかけても返事がない。家の中に上がり込むと、

暗がりの奥の部屋で兄が中腰で立っていました。

なんや、いてるやん、と思い、「何してんの?」と近づいてみて、肩を叩いて、初めて、

異変に気がつきました。叩いた肩は、もう冷たくなっていました。

天井の両方の棟木の間にロープを張って、それに首を乗せて、息絶えていました。

警察と救急のお世話になりました。死後3日との医師の見立てでした。



もっと、頻繁に見に行ってやればよかった。
わずかでも、お金を渡して支援してやればよかった。
ああすればよかった、こうすればよかった、後悔の気持ちで一杯になりつつも、
兄にすれば、これで楽になったのかもしれない、とも思いました。

父親は何も言いませんでした。勝手に暴力を振るって、勝手に死んだ、と思ったようでした。
母親は、たくさんの後悔の気持ちを並べつつ、あれで兄は楽になったんと思おうと
しているようでした。

今も、母は、私に会うと同じ事を言います。

私も同じ事を思います。


私は以後、ドアを開けてそこが暗いと、漠然と怖くなりました。どこででも。


私がかかっていたクリニックの先生に、兄が自死したことを話すと、

統合失調症の治りかけでも、自死をすることが多いとのことでした。

治りかけて、退院すると、どうやって自分が暮らしていけばいいのかが、

分からなくなるから、だそうです。

すまなかったという気持ち、何もしなかったという後悔、発見した印象。

こういうものを残して、兄はなくなりました。



自死遺族の方々には、私と同じような、いえ、もっと強い後悔のお気持ちが

残っているのではないでしょうか。

悔やんでも、悔やみきれないという表現は、ありきたりですが、

本当に、そうとしか言いようがないような気持ちです。


兄の死に関する話はこれで終わりになります。

                                        小倉   心の相談 in BASE

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